2006年09月28日
地獄の日々…
地獄の日々…
一生…、一生…
寝たきり…、寝たきり…、寝たきり…
天井のシミ…
底知れない恐怖、がたがたと震える。
そんなことが起こるはずないじゃん
あたしにかぎってそんなこと
そう、ぜーんぶ夢に決まってるから。信じてるんだ絶対に。
明日の朝になればきっと
“すべてが夢だった“
とってもリアルな怖い夢をみたんだ
極端に胸なでおろして
そしてこの夢の話は無事に終わるんだよ
笑ってまわりに話してやるんダ。
でも、心底祈ってみても
天井のシミはありー。
動かないカラダは、しっかり首からくっついていて
はっきりとこれが現実だと“しるし“てる。
次の朝も…そのまた次の朝も…次の次の…次も…
目が覚めても何も変わらない。
あたしは消えることのないそのしるしに
断崖からなんども落ちるように失望させられた。
…消えてしまいたい
その時のカラダといったら
唾液を呑み込むだけでノドにたくさんの小針で刺される痛みと
手足が熱湯に浸けられてるような
恐ろしく熱い感覚
実際に高熱でのどが渇いて
舌が乾ききり上にはり付いた、イタイ。
海で幾日も遭難し水が尽きて脱水症状になっただれかの体験談
なぜかこんなとき浮かんで…同情した
それなのにコップ一杯の水も飲んではいけない
口から食べ物は禁止だから
唯一ゆるされていた
ヒトカケラの氷は
焼きついたアスファルトの上に一粒落としたようなもので
なぐさめにもならず
よけい増される渇き
水や、口から食べたい欲求を、、どうにか約3ヶ月、耐えた。
だから、淋しいくらいみるまに痩せていった。
脚が、老いた枯れ枝だった。
てあしはどこ…?
10代のあたしのカラダかえしてよ…。
首の骨折をくっつけるのが優先
とにかく動かすなということで
首にガチガチにコルセットをはめて
ベットに縛り付けられてるような真っ平らの状態
感情まで凝ってきて大きなストレスが身体にとぐろを巻く
じっとしているということがこれほど発狂したくなると思わなかった
―頭がどうにかなってしまいそうー
おまけに、肺炎になってしまって肺に痰がたまり
麻痺のせいで自力でほとんど出せず
痰が気管を塞ぎ
半分、水の中で溺れつづけてる様な息苦しさが24時間
あれは幾日つづいたんだろうか
痰がこみ上げる、出せない、セキ込む、詰る
看護師さんが鼻や口から管を突っ込み採ろうとする
…容赦無くてね
…ホントウ
柔な粘膜は切れ切れ、血が滲む
やっと吸い上げたものはそのうすい頼りない血だけだった
その刺激でまた痰がこみ上げる、詰まる、セキ込む
またはじめからのくり返し
ほそい血がそのたびに管に昇ってね
もぅヤメテ。苦しいー、、、
―あたし、今までどうやって息をしていたんだろうー
そんなことをわすれてしまうくらい空気が吸えなかったんだ
泣いてる暇なんて
悲鳴をあげる暇なんてないの
一秒でも長くすこしでも多く、針穴からこぼされる酸素にすがり付くだけ
もちろん夜は一睡もできなかったし
動けない、食べれない、息ができないで寝れない
顔は腫れあがり、唇、口の中じゅうは口内炎だらけで
疲労を越えて目だけやけに冴え、きつく血走ってた。
疲れ果てた
だれが見たってヒドイ顔していた
心はとっくに生への意思を失っていても
肉体は勝手。生きようする。
もうやめたい… 楽にいかせて…
それなのに全身の余力を振り絞ってまだ求めてる、酸素
終らせてはくれない。…ナンデょ。
天井を睨みながら
苦痛に耐える日々の中で
頭だけは
これこそ生き地獄だ。ほんとうの生き地獄だ…。
くり返してた
そして、そんな山を少しのり越えたすぐ
しばらく会っていなかった友だちの男の子Aくんが面会に来る
面会謝絶、解かれてから初めての面会だった
もぅ、何ヶ月もお風呂に入ってない汚れて痩せた裸の上に
一般の病衣でもない、くたびれたそっけないゆかたを一枚…
簡単にひっかけられた惨めな姿など
ましてや、こんな動きもしない“肢体“など
さらけ出すなんて‘死んだほうが、ましダ‘想った
母はせっかく来てくれたのだからと
すぐそこの廊下ですでに立って待つ影に
忙しく目線で気にかけて
必死に拒むあたし、ひどく説得して通してしまう
花の束を手に
消毒液のにおい満ちた、病室に入っくるAくん
彼は眩しいくらい健康な青年だった。
しおれた身体。
灰色の顔。
汚れて散乱した髪。
胃にから外界に繋がる鼻を通った管。
茶紅色の硬いかさぶた、くちびる。
腫れあがったヒドイ顔で…
あたしはまったく惨めな姿で…
ベットに埋もれたまま、窪んで潤んだ目でAくんを見上げた
こんな悲惨な姿… ドウデスカ。
Aくんのまえに渡されるこの光景
こんなあたしを目にしても
何も語らず
労わるようにしずかに椅子に腰をおろし
ずいぶんしてから
…どぅしたん。。
そのひとことは
哀しいくらいの優しさが見えて
痛すぎて
息がつまって
全身のガラスがいっきに散らばったみたいに
もぅ、なにもかも隠すこともできずわんわん泣いていた
止まらなかった
溜まっていた想像以上の涙
全身を震わせて叫けびたかったんだ
たすけて。って、、
大声で泣きつづけた
かすれて声が無くなってしまうまで
室内の消毒液のにおいの中に
艶やかな花の香りだけが
淋しいほどみずみずしい生を漂わせていた。
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仕事に戻れない、子供を高く抱きあげれない等など、出来ないことばかり考えましたが、あなたのブログなどを読みなんと贅沢で、情けない自分なのかと思いました。
ネットで色々調べていると、完全麻痺でも
望みがないわけではない様です。
頑張ってください。僕もがんばります。
「私は今、国のために死ぬのである。死んでも君や親に逆らったとは思わない。天地は永遠である。私のまごころも、この永遠の神が知っておられるから、少しも恥じることはない。」
…吉田松陰が幕府の処罰を甘受し、死罪で亡くなる直前の言葉。
人間は家族の為、国の為、世界の為、神さまの為に…
自分の尊い生命(いのち)をも捧げることができる。
…崇高な精神。
それは神さまから来ている。
愛から生命(いのち)が生まれたので…
すなわち、愛が先で、生命(いのち)がその結果なので、
…生命(いのち)よりも愛が尊いということを本心が知っている。
歴史上の良心的な他の人たちもまた、
無念な死を迎えながらも、
その思いを国に分かってもらおうとはしなかった。
神さまだけが、分かってくれることを願った。
まことに天を慕い、
国の為に生きようとする者を
死の道に追いやらざるを得ない天の悲しみ。
天は先に打たれることによって、
「本来の愛の世界」を取り戻そうとされる。
決して先に打つことはない…
…ただひたすら打たれて忍耐される。
モカさんのブログに出会って、モカさんの苦痛と苦労と恨(はん)を知って…
モカさんが経て来られた、その地獄のような苦痛と試練を…、そして愛を…
…ダウンロードさせていただきました。
私の中でモカさんの体験が、血となり肉となりつつあります。
ともに苦痛を受け、ともに苦労してきたのだと思っています。
どうしても超えることのできない恨(はん)を、
モカさんに出会うことによって…
実は私は現在小さな教室を経営しています。0歳の赤ちゃんから、小学6年生までを対象にした教室です。脳や身体に障害をもった子どもや、心に傷を負った子どもたちもいて、彼らが話せるようになったり、心が癒されたり、喜んでくれたりした時、とてもうれしい気持ちになります。(職場でモカさんのブログに書き込みをしていても、誰にも叱られませんので、ご心配なく…)小さい子どものクラスは他のスタッフに任せて、私は小学生の授業を担当しています。江戸時代の寺子屋みたいなもので、儒教の教えを中心とした「人間学」を主に教えています。教えると言っても、実は私の方が学ばないといけない立場なので、この仕事は私にとっては大変有り難い修練になっております。以前私は両親に反発して暴れてばかりで、両親を愛することができず、妹を愛することができず、周りの人々を愛することができず、迷惑ばかりかけてきたので、私自身の更生をかけて一所懸命させていただいております。
私も身体にハンディを背負っていて、(モカさんに比べると、全く大したことではありませんが…)いつ仕事ができなくなるかわからないという不安を抱きながら…。でも、だからこそ、「明日死んでも悔いはない…」という気持ちで、将来のこと、未来のことは考えず、今を精一杯生きよう、今だけを見つめよう…、そんな思いで、教室の経営も、子どもたちの教育も一所懸命させていただいております。モカさんが受傷されてからの期間とほぼ一致しますが、この10年間、資金繰りのこと、身体のハンディのこと、人間関係のこと、あらゆる試練を経験しました。もちろん素晴らしいこともありました。しかしながら、私は経営者としては失格で、今でも教室は毎年100万円以上の赤字です。でも融資してくださる方がいらっしゃるので、本当に有り難く思っています。トータルで1000万円以上の借金になりましたが、それにもかかわらず、この仕事を続けていることに誇りを感じています。いつまでできるかは、それこそ天に委ねて、他の為に生きて自分は滅んでいこうという心境でやっています。
子どもたちに、紙芝居を通して冒頭の吉田松陰先生の生涯を伝えてきました。
天と心を通じ、国を愛し、淡い恋も断ち切り、牢獄に入りながらも勉強を続け、他の囚人たちを感化し、松下村塾を経て、幕府の弾圧により、29歳の生命を国の為に喜んで捧げたこの人物に、私は衝撃を受けました。今ここの教育を受けた子どもたちが、大きな志をもって、この日本を将来さらに素晴らしい国にしていってくれたら…、それが私の本望です。
様々な思いがありました…
そして、モカさんのブログに出会いました…
…モカさんにコメントを書かずにいられない自分がいます。
いつも長いコメント読んでくれてありがとう。(^v^)